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春日神社
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当社は、古くから
「四所の宮」とか「春日はん」として 親しまれて来ています。 |
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由 緒 第十代天地健吉の氏子に配付した冊子に見るように、明治三十五年(一九〇三)当時既に、旧五日町、三日町、十日町、南町の四町は勿論、外には十四町として定着し、昭和四十三年(一九六八) よりは春日神社永代講員として継続している。 昭和五十四年(一九七九)春の西大鳥居をはじめとする大修復にしめされた氏子各位の崇敬の真心は、大神への護持の限りである。由緒の経緯については当社の年表を掲示する。 永禄五年九日(一五六二)懸仏の裏面に、永禄五年九月大吉日、奥村上野守義正(花押)とある。二面。 慶長十七年六月四日(一六一二)寄進状。最上義光より四十四石四斗一升。鶴岡四所之宮大夫として受ける。 寛永二十一年(一六四四)城郭拡大にあたり現在地に遷座。 寛文十二年(一六七〇)四所大夫として神明町大神宮で伊勢神宮本宮よりの勧請の儀に臨む。 元禄二年九月(一六八九)瓶子。木製朱塗。 宝永元年九月十一日 (一七〇四)、社額。表、四所大明神裏、上記年号、正二位権大納言藤原頼孝書とある。 宝永二年五月(一七〇五)初代天地貞則吉田家より風折烏帽子、紗狩衣許容される。 文政九年八月(一八二六)拝殿造替、藩主、酒井忠器公の時代。 天保十五年十月一目(一八四四)正一位春日大明神神位勅許される。 明治六年四月(一八七三)五月郷社に列せらる。 明治四十年(一九〇七)四月十一日、神饌幣帛料供進神社に指定せらる。 |
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祭 神 経津主神 天児屋根命 姫神 建甕槌神 境内神社 八幡神社 稲荷神社 |